MOBSPROOF vol.09と仁義なき戦いロケ地ツアー
"世界をパンクだらけにしてしまえ!"
でおなじみ
MOBSPROOF vol.09 3/5日に発売されました!
もうゲットされましたか??
シリーズ今まででイチバンの悪書の誕生。
カツカツのスケジュールの中これだけ濃い内容になったのは
関わって頂いた皆様と松原編集長のパンクへの愛情の賜物だと思います。
私も、POGO77 3DAYSを中心に色々と撮影させていただきました。
本当にありがとうございます!!是非是非、買って読んでください。
BiSラストアルバム“WHO KiLLED IDOL?をBGMにMOBSPROOFをキメるのも
おすすめの読書法のひとつであります。こちらも是非、ご一考くださいませ。
そして今回のMOBSPROOFの目玉企画のひとつである
「仁義なき戦い 関西パンクス頂上作戦」座談会
このページを読んでDVDを見返してみたり、マストアイテムである
"仁義なき戦い 浪漫アルバム"を読み返した読者も多いはず。
かくいう私もDVDを見返してた一人で、むくむくと己の中に...
そう、男の心に常に「仁義」あり!!
ということでMOBSPROOF vol.9発売記念という事で
先日一人で、仁義なきロケ地ツアーを行いました 笑
仁義なき戦いのロケ地のほとんどは(広島死闘篇以外)は我が街、京都なのです。
わたしは四条大宮から嵐電にゆられ映画の街太秦のほど近く"帷子ノ辻"駅に降り立ちました。
まず仁義ロケ地で押さえないと行けないのは、三条通の南側を走る「大映通り商店街」であります。
松竹、大映、東映など多くの撮影所があった太秦の商店街であり、当時から撮影に協力的な商店街として知られています。
仁義以外にも、蒲田行進曲やさまざまな映画のロケ地として活躍しました。
"完結篇"で槇原が路上で殺され"代理戦争"で倉元が引きずりまわされたりなど
今じゃそんなことやらせてくれる商店街などありません 笑
そしてメインはもちろん...村岡組の本部でおなじみのこのお屋敷だ!
もちろん、一般の方が住まれてるお宅です、中に入っても「ええ男になれよ、のぉ」と
ポンっと何十万もするスイス製の時計を貰える事はありません。
一瞬、取材班も村岡組の本部(で使われたお屋敷)と確証が持てず
ついミナミくんにメールした次第でした。笑
そしてその向かいにある銭湯。
ここも確か何かのシリーズで出て来た記憶があるのですが、覚えておりません...。申し訳ないです!
ミナミくんに確認メール送りましたが、まだ返事は返ってきません!!
風呂上がりのお父さんに聞き込み調査を行ってたその時
松永(成田三樹夫)クリソツの兄貴が銭湯から出て来て非常に怖かったです。
大映通りは、ほかには打本組の事務所などがあったのですが
やたらと人が殺されるあの"パチンコ屋前" は現在、中華料理店になってるそうです。
もう一度本編をじっくり見てこの商店街を掘り下げる必要がありますね。
そして帷子ノ辻近くに、これまた任侠映画によく登場するロケ地があるのです。
それは、嵐電線路側にある"河端病院"
仁義では、山守が仮病を使い入院する事でおなじみの病院。
ガーン!!解体している...。去年から河端病院は別の場所へ移転している最中なのでした。
なので在りし日の姿をグーグルマップから拾ってきました。笑
外観は変わってはいますが、手前のスロープなど面影はあると思います。
完結篇やまむしの兄弟でも登場するのでまたチェックしてみます。
そしてロケ地ツアーの最後を締めくくるのは、もちろんコレだ!!
五条大橋西詰に今も残る完結篇で登場する"天政会"の本部です!!
なぜグーグルマップかというと...しょっちゅうこの前を通るんで
特に珍しくとも何ともないのだ! 笑
ちなみにこれは当時の写真でございます。隣りの瓦屋根のお家は残ってますね。
今は、バイク屋さんではなくて自転車屋さんになっています。
四条大宮駅前や新京極など、"新・仁義"や"その後の"などを加えると
京都でのロケ地はまだまだ出てくると思われます。
これを気にロケ地ツアーを組んでみてはいかかでしょうか!!
neopan 400 presto
今日の昼から、まさに虚を衝かれた気分で一日茫として過ごしてました。
まさかずっと愛用していた富士フィルムの"ネオパン400"が無くなるなんて...。
1月、2月と毎週末、街へ出かけモノクロで写真を撮っていただけにショックでした。
http://ffis.fujifilm.co.jp/information/articlein_0032.html
ネオパン400 PRESTOというのは富士フィルムから出ていたモノクロフィルムで
コダックのTRI-Xなどと並ぶ超定番フィルムです。
コダックの経営が傾いたのはニュースなどで報じられてました。
コダックがフィルムを販売中止にして富士が細々と製造するものと思ってました。
しかし、どうなるかわかりませんね、世の中。
写真やりだして5年くらいになりますが、モノクロフィルムはすぐに使い出したと思います。
あのとき、急激に普及したデジタル1眼には興味を持てなくて妙な反発心やDIYさから強烈に惹かれました。
もちろんFUCK YOU HEROS/GLEN E.FRIEDMANやSAVAGE SUPPORTのTKKRさんの影響や憧れも強かったと思います。
例えるならば...
フィルムが無くなるというのは、レコードを製造しなくなる事です。
暗室でネガを印画紙に焼き付けるのは、レコードプレーヤーや針が無くなる事です。
モノクロフィルムで写真を撮るということは本当に面倒臭い。
写真を撮って、ある程度溜まったら風呂場で現像して乾燥させて、袋に入れて。
いっぱい水も使うし、酸っぱい匂いもする。環境にだって良くないです。
でもそういう面倒臭さがすごく愛おしかったりします。
モノクロの作業行程を"ウェットプロセス"と言いますが、だからこそデジタルには出ない"生臭さ"、"滑り"が出るのかも知れません。
斯く言う私も、デジタル1眼レフを使い出しフィルムを使う機会が減ってしまいました。
製造し続けてくれた富士フィルムには、感謝の言葉をお送りしたいです。
無くなるまであと3ヶ月と少し、楽しみながら撮り続けたいと思います。今までありがとうございました。
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